よく考えたらクラシックの世界にだって「○○の主題による変奏曲」なんてものはいくらでもあるじゃん。
佐藤先生、PE'Zのバージョンを「佐藤眞の主題による『大地讃頌』変奏曲」と考えることはできなかったのかな……
といっても、(広義の、すなわちバロックから現代音楽までを含んだ意味での)クラシックって、ポップスやロックとは全然違う場所でデリケートな扱いを要求されるところがあるんだね。
BGMがわりに近代フランスの印象派を聴く程度のわたしには、純正律とか平均律とかまるで聞き分けられないんだけど(本格的に合唱や弦楽器・管楽器に携わる人にはわかるらしい)そういった楽器や声の微細なチューニングまでを「楽曲の一部、欠かせない要素」であると考え抜いて作った曲とか。
確かにそれはそれで、作曲者の意図どおりに考え抜かれたままを再現することにすごく意味はあると思うけど……
引き続きこの問題、わたしなりに追いかけていこうと思っています。
※「やるな、PE'Z」という記事に「追記」として本体に書き足していたのですが、一度公開してしかもコメントまでいただいたものに手を入れすぎるのもなんだと思いましたので、別記事として独立させてみました。